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Time's Arrow

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カテゴリ:日常( 21 )

浅田真央とフィギュアスケート

浅田真央選手が魅せたソチ五輪フリーの演技は、伝説の4分間と呼ばれています。SPの悔しさを跳ね返す会心の演技は、強く、美しく、爽やかなものでした。

浅田真央選手は代名詞と呼ばれるトリプルアクセルを大事に育ててきました。引退会見でもこんな風に述べています。

「(トリプルアクセルは)自分の強さでもあったと思いますが、その半面悩まされることも多かったです。」

美しさが採点に大きく影響する中で、失敗確率の高いトリプルアクセルを跳ぶことは、常に挑戦であり、不安に苛まれたこともあったでしょう。

だからこそ、浅田選手が限界に挑む姿に、観る者はどきどきし、一喜一憂し、跳べた時には一緒になって喜べたのではないかと思うのです。

トップアスリートが切り開く世界には新しい世界がある。その扉が開かれる瞬間を共に見ることができたことに心が震える思いがあったような気がします。

浅田選手のフィギュアスケートへの取り組みは、浅田選手自身の限界への挑戦であると同時に、フィギュアスケートの限界を取り払い未来を切り開くようでした。フィギュアスケートをエキサイティングで、美しく、深遠な真なるスポーツへと高めた、そのことに対する敬意がやみません。

人生とフィギュアスケートを重ね合わせ共に成長させていく、
その一点に得点や勝敗を超えた真のプロフェッショナルがあると思うのです。

勇気をもってトリプルアクセルに、フィギュアに献身した浅田選手の引退会見はとても満足そうで晴れやかなものでした。

おわり

















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by faceless_masses | 2017-04-25 01:44 | 日常

1年の計 2017年

あっという間に1年が過ぎ、早2017年となった。
昨年は、1. 宇宙と2. 落語をテーマとした。

1. 宇宙については、JAXAのプログラムを進めるということで、
少し前進した。まだまだこれからであるが。。。

2. 落語については、まだ道半ばであるが、
今年も少し深みを増していきたいと思っている。

さて、2017年に、何を考えていくか。

1., 2. は生涯のテーマであるため、今年ももちろん継続するとして、
今年は新たに、「多角的視点」をテーマとしたい。

アメリカでは、トランプが大統領となり自国最優先の保守主義が台頭し、今後の世界のあり方が変容しようとしている。一方で、技術に目を向けると、どのように技術開発を行っていくかについては、より多角的な視野で物事を見る力が問われている。

ふと机の上を見ると、「講談社 類語辞典」があった。
中身を開いてみると、こんなことが書いてあった。

「類語の存在は、一見、非効率で無駄なように思える。あるものごとを表すことばが一つしかなければ、まぎらわしくないし、覚える手間がかからないかもしれないからだ。ところが、実際には類語は数多くあり、ほとんどがまぎれることなく使い分けられている。。これは、類語が同じものごとを違った見方でとらえることばで、さまざまな場面、目的に応じた使い手の要求に応える働きをもつからである。」

一つのものごとでもちょっと見方を変えることによって、微妙なニュアンスの違いとなって言葉に表れる。

大きな夢を描ききつつ、物事を多角的に見ることで、新しい見方を発見できないか?

いろいろな視点から物事を見つめ直すことで、未来を築いてみたいと思う。

おわり
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by faceless_masses | 2017-01-05 08:52 | 日常

3年、4年、そしてさらに

時間の矢とは、イリヤプリコジンに代表される時間発展の概念から
生まれた言葉で、時間は過去から未来へと進んでいくことを示している。

ニュートン力学では、時間対称性のある微分方程式によって、
記述され、放物線を描くボールが、たとえ逆再生をしても
それほど違和感がないのは、時間対称性があるからである。

それとは別に、生き物は時間の矢に束縛され、
すべてのものは過去から未来へと「生きる」ことが宿命とされている。

したがって、すべからく我々は時間というものを必ずや意識しなければならない。

先日、久々に東京の旧友と共に時間を過ごした。
気がつけば、あっという間に3年あるいは4年の月日が過ぎようとしていた。

それは、筆者が東京にいた頃よりも、既に時間軸のスケールとしては、
大きな値となっていた。

その時間の矢は、旧友に決定的な変化を与え、結婚、出産と、
正に後戻り等できない変化を与えていた。そして、もうじきそのような
体験を経ようというものもそこにはいた。

それでも久しぶりに集まり、最初は多少の変化に若干の戸惑いもありながらも、
思い出話に花を咲かせると、自然と笑みがこぼれてきた。

時間の矢は戻らない。
だから、また明日は、みんなその矢の先で、生きていく。

でも一緒に共有した時間をちょっと振り返るだけで、
どうしてこんなに楽しい気分になるのだろうと考えながら、
明日からに備えて、今日は寝ることにしよう。

おわり
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by faceless_masses | 2015-09-14 00:25 | 日常

2015年の始まりに

大晦日に、紅白歌合戦を見てしまうのは、報道機関の中心であるNHKが、総力を挙げて作り上げる番組であることも一つの理由かもしれない。

2014年の紅白歌合戦は、紅組が吉高由里子、白組が嵐が司会を務めて進行した。素人の吉高由里子の司会ははらはらするものがあった一方で、好き嫌いはあるにせよ、視聴者を釘付けにする要素も十分にあったと思われる。(正にそこが、NHKが吉高由里子を選んだ最大の理由であろうが。)

今回の司会で、吉高由里子が背負ったメッセージは、国民的な女優へと成長した彼女が、不慣れなアナウンサーに挑戦するプロセスと、そこに生じる彼女の葛藤が表現されることであったであろうし、不味い司会の中にも、彼女なりの一生懸命さがあり、最後の安堵の「イェーイ」や「あーびっくりした」の彼女らしい言葉の中に、かかっていたプレッシャーの大きさが感じとられたのも私だけではないであろう。(昔であれば、こんなことはありえなかったと思うが、時代も代われば人も代わり、その伝へ方?も代わるということであろうと思っている。)以上のことから、当然の批判はあるにせよNHKの狙いは十分に達成できたのではないだろうか。

さて、今回の紅白を見て、私なりにいくつかの発見があった。一つは、アーティストにもレベルの違い、格の違いがあることだ。吉高が司会として、アーティストを盛り上げことは難しいし、またそれを彼女に求めるのも酷なことは、皆が承知している。(特に彼女の場合には、リアクションが素であるため、よほど感銘を受けない限り、オーバーなリアクションができない)。したがって、アーティスト自身の力がより顕在化しやすい状況だったと考えられる。

司会者の存在の有無にかかわらず、圧倒的な力を見せつけたのは、中島みゆき、長渕剛、サザンオールスターズ、美輪明宏、他何名かぐらいではなかっただろうか。その他は申し訳ないが、ほとんど記憶に残らなかった。というよりも、吉高由里子が背負うメッセージ性に及んでいないという印象だった。

NHKは、決して紅組の司会で盛り上げたい訳でもなく、歌うことの醍醐味で盛り上げたいはずである。それなのに、それができない。その最大の理由は、「歌(手)の力不足」ということであろう。

『伝える側』と『受け取る側』、その両者のバランスが崩れてきていることが、『歌』が力を失ってきた理由かもしれない。

『受ける側』の国民が、歌を渇望しなくなった。そのことは、感動を失ったということにも近いのかもしれない。その『受ける側』の変化に、『伝える側』がついていけず、居場所を失っているようにすら感じるのである。それでは、なぜこのような状況になってしまったのだろうか。

その一つの原因は、日本を覆う『空気』であるのかもしれない。画一した考え方が、少しずつ日本を全体主義へと押しやってきた。各人が描く夢や希望に対しての無力感が日本を覆い始めているような気がする。それは一見、豊かさに隠されているが、少しずつ日本をむしばんでいる。

今回印象に残った歌手の歌には、その硬直した空気に対する『メッセージ』があったのではないだろうか。

美輪明宏も言っている。
『どことなく、今の日本は第二次世界大戦の前の空気に似てきた』

 2015年、日本が一つの方向性に収斂しないように、圧倒的な新しさを提示し、そして発言していけるようにしなければと年初の誓いをたてるのであった。
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by faceless_masses | 2015-01-02 09:37 | 日常

技術者

リチャード・P・ファインマン

For a successful technology, reality must take precedence over public relations, for nature cannot be fooled.

技術が成功するためには、現実の直視を宣伝や世間体よりも優先しなければならない。なぜなら自然をだますことはできないから。
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by faceless_masses | 2014-02-01 15:54 | 日常

良い言葉 (1)

ある尊敬する先生のHPを覗いたら、
こんな言葉が現れた。


「新手一生」

思わずはっとするようなシンプルな言葉に、
心が洗われたような気がする。

その言葉の持ち主は、
升田幸三という棋士だ。

少なくとも年配の方は、
よくご存じの方と思うが、
私のような若輩者は知らない。

いつも斬新なスタイルで勝負に望んだ稀代の
棋士だそうだ。

どんな時代がこようとも新手を打つ。
これから年老いていく自分に必要な言葉だ。

おわり
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by faceless_masses | 2013-10-01 00:37 | 日常

済州島

韓国の済州島には3つ有名なものがあると、
韓国の学生が教えてくれた。

風、女、石

一つ目の風
海に浮かぶ島であるため、
風はいつも吹いている・・・ような気がする。
時々は台風なども接近するため、
風が多い島ということになったのだろう。

二つ目は、女
昔は漁師が漁に出た後に、
帰ってこないことも多く、
そのために、女が多くなったのだそうな。

三つ目は、石
火山の島だからであろうか。
石がゴロゴロあり、風よけにも石が使われるためであろう。

海を眺めた屋台で、
台風接近の影響だろうか。
強めの風を受けながら、「さしみ」活魚を食す。
こちらの刺身は活け作りのため、少し死後硬直で硬い。
しかし、こちらの人はそれが好きだそうだ。

その後は、ここぞというローカルキムチチゲを食し、
(正直、日本人にはそこまでの違いは分からないのだが。。。)
飲み物はビールと焼酎の爆弾 (ビールのアルコール度数を15%ぐらいまでに高める)から、マッコリを堪能し、短い済州の旅は終わった。
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by faceless_masses | 2013-08-31 10:22 | 日常

東大法話

東大法話とは、東京大学の安富教授が作りだした言葉だ。

東大法話にはいくつかの規則があるというが、一つ目の規則が現在の日本社会を端的に表現しているように思えてならない。

それは、

1. 自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。


多かれ少なかれ、自分の胸に手をあてれば、こうした経験はあるだろう。

でも、目の前の世界を見ていると、あまりにもこういった言動が横行しているように思う。

日本の社会のためにも、せめて、自分の信念をもう一度思い出すことは必要なのではないだろうか。
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by faceless_masses | 2013-04-25 22:56 | 日常

ブログ再開

久しぶりのブログの書き込みです。

最近の情報過多な世の中に少し疲れを感じまして、、、
Twitter, mixi, facebookとすべてのSNSの利用を解除しました。

みんなの情報にリアルタイムで
触れることができる時代の楽しさと引き替えに、
静かに自分自身と向き合う時間が減ったように思います。

仕事も3年目となり、ますます充実した日々を過ごしています。
妻ができ、妻と語り合い、自分の夢が二人の夢になりました。
そして、それを実現したいと思うようになりました。

情報は受けるのではなく、発信しなければない、
そんな思いで、このブログに発信していけたらと思っています。

時間の矢は、また一つ先へと進みました。
解き放たれた矢が目指す的に近づくように、
頑張っていかねばと思っています。

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」
by イチロー
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by faceless_masses | 2013-04-16 22:16 | 日常

獄中暮らし

決して、気を狂わせて警察に逮捕され、
有罪判決を受けて刑務所に収監された訳ではありません。

しかし、自由時間がほとんどなく、
なかなか人に自由に会うこともままならない状況であることを
獄中暮らしと表現致しました。

この獄中ぐらしについてですが、
決して精神的に滅入っているわけではありません。

結構なハードワークでありながらもそれなりに楽しくやっているというのが実情です。

何人かの親愛なる友から心配を受けておりますが、
とてもありがとうございます。

さて、ここ最近出張等で、いろいろな所に行ってきました。

まさに人生で初めて、別府、下呂、蔵王と3週連続温泉巡りに行ってきました。

とりあえず、なかなか会う機会がないので、
自分が見てきたものでも更新するようにします。

また会う日まで!

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別府地獄巡り 坊主の湯?

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別府地獄巡り 血の湯?

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下呂 飛騨牛 朴葉味噌焼き
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by faceless_masses | 2011-09-11 22:08 | 日常