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平常心是道

 明日の大事な発表を控えて、心がどうしても落ち着かなくなることがあります。うまく発表できなかったらどうしよう、相手はどう思うのだろうか?、考え出すといろいろと思い浮かび、胃が痛くなってしまいます。

 そんな時は、平常心が大事だとふと思い出して、試してみようと思うのですが、なかなか緊張は解れないものです。では、どうしたら良いのでしょうか。

 それにはまず、平常心とはどういったものなのかを考えてみる必要があります。福井県にある曹洞宗の大本山永平寺で修行を積んだ瑩山(けいざん)禅師は、平常心についての禅問答の中で、悟りを開いたと言われております。

 ある時、お師匠様から平常心について、「中国の唐の南泉禅師の師である義介禅師が弟子の趙州禅師との問答の中で、南泉禅師が、平常心と問うと、趙州禅師が「道」と会得し、「日常の用心」」と語ったことを、説いて下さいました。

 その時、瑩山禅師は、「日常あるがままの心が仏道そのものである」と瞬く間に会得し、心が開けたそうです。

 お師匠様が、瑩山禅師にその心を問われると、

「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す」

 と答えられたそうです。

これは、目の前にあるものをあるがままに受け入れて、それを一つ一つ丁寧に実践していくことが大事なんだということを述べているように感じられます。

つまり、平常心とは、自分にできることと、他者あるいは外の世界に起こることを明確に理解し、外の世界で起こることに対する自らの非力を認めた上で、自分にできることに集中して、淡々とこなしていく心なのではないかと思います。

楽天イーグルスで活躍し、現在はニューヨークヤンキースで活躍している田中将大投手の投球を見ていると、正に「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す」平常心からみなぎる実力を開花されているように感じられます。

また、一方で、ミスターチルドレンの桜井さんは、逆に平常心に至れない人の心に焦点を当て、ミュージシャンらしい共感を生み出し、人々の心を掴まれているように感じられます。

「あるがままの心で生きられぬ弱さを 

誰かのせいにして過ごしてる

知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中で

もがいているなら

僕だってそうなんだ」

  どんなに環境が変化しようとも、人の心の中に宿る平常心の考え方は、時代を超えていくのだろうと感じた日曜日の朝でした。

おわり


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by faceless_masses | 2014-06-22 12:04 | 思想
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